恥の多い生涯を送って来ました。

生き辛い私が日々感じることを残していきたいと思います。

キューブラーロス 死の受容プロセス

移住の作業は終活に似ているなと感じる。

いつかを境に、前向きに荷物の整理ができるようになっている。それは受容プロセスの段階を時が経つにつれて進めているからなのではないかと考えた。死んであの世に行くのと、沼津から埼玉に帰るのとでは、今の生活とオサラバして新しい場所へ行くという共通点がある。

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一日が終わろうとしている晩酌の後でさえ、この場所にすがろうとせず、黙々と断捨離をするようになった。

伊豆ライフは金を払えば取り戻せる本と同じで、一旦手放しても金を払えば取り戻せる。然し、思い出を共有した女は日記と同じで私にとってオンリーワンであり、もう手放したら取り戻すことができないんだ。だから女を追って一旦埼玉に帰る。現時点ではそう考えており、無意識でもそう考えられている。

 

1.否認と孤立

自分の伊豆ライフが長くないことに衝撃を受け、その事実を感情的に否認したり、その事実から逃避しようとしている段階。周囲の認識や態度にギャップが生じるため、孤立しがちになる。

2.怒り
伊豆ライフが終わるという事実は認識したが、一方で、「ではなぜ、自分がこのような境遇になってしまうのか」といった思いが強く、周囲に反発したり、怒りがこみあげてきたりする。

3.取り引き
伊豆ライフをもう少し先延ばしできないか、あるいは、奇跡が起こって移住を回避できないかと考えて、神仏にすがったり、善行を行ったりする。

4.抑うつ
移住を避けられないことが分かり、あきらめや悲観、むなしさ、憂うつ、絶望といった気持ちが支配して、落ち込む。

5.受容
移住を、誰にでも訪れる自然なものとして受け入れるようになる。これまでの価値観や視野とは異なる次元があることを理解し、心静かに暮らす。