恥の多い生涯を送って来ました。

生き辛い私が日々感じることを残していきたいと思います。

受動的娯楽は危険だ

ジムに行って買い物を済ませて万能汁を完成させてから北の国からを見ながらランチパックを食うところまではよかった。その後疲れた体を休めるためにベッドに横になるまではいい。しかし、なんとなしに手に取ったパワプロがやめられなくて沼にはまった。

やめられたのは12時を過ぎた頃、脳疲労が限界に達したことでやっと脱出できた。あのまま続けていたら休日の充実度がかなり変わったと思う。というのも昼食をとるために家を出てからはストレスを解消できた実感がある。

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後先考えず沼津家でにんにく海苔巻きを食った。金欠金欠騒いでいても実際は財布の中に金があった。先日祖母からいただいた2万だ。もうこの金は私が手をつけて幸せを感じられるなら祖母も本望だろう。
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歯止めが利かなくなった私は価格の高騰でしばらくご無沙汰であったカラオケにも行った。これも正解だった。ポジティブな歌詞を口に出すことで気持ちも上向くし、受動的娯楽ではなく、能動的娯楽のカラオケは没入から解放された後に爽快感があった。

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シメは図書館。自習室で今日の反省すべき行いと、善い行いを振り返って未来の私へヒントを残すことにした。きっと私は今後も懲りずに能動的娯楽で脳疲労を溜めてブログのバックナンバーを見返すことは目に見えている。受動的娯楽は一定時間を過ぎると爽快感は不快感に変わる。なるべく能動的娯楽に没入したいとは思っている、いつだって。