恥の多い生涯を送って来ました。

生き辛い私が日々感じることを残していきたいと思います。

2023年11月時点での朝のルーティン

4:30 寝起きの良い人間などいない。脳を覚醒させるため、ブルーライトを浴びる。

目覚ましの音で目を覚ましても脳はまだ覚醒していない。そのためスマホをいじってブルーライトを浴びる。youtubeやまとめブログをダラダラ閲覧しているうちに、身体を動かしたくなってくる。ならなければ、それは病気だ。その場合は起きずに延々と休んだ方が良い。

 

5:00 ベッドの乱れは心の乱れなので、ベッドから跳ね起きたらまずはベッドメイキングをする。

そして身支度を行う。出勤の準備にはこれから身体を動かしていくための準備運動の役割も兼ねているため、前もって前日の夜に行うことはない。

朝食は黒糖ロール2つが多い。ビニール袋に入れる。昼食はインスタント味噌汁に麦飯と漬物。精進料理を食い、小欲知足を意識する。

 

5:20 座禅。次から次へと湧いて出てくる思考を受け流しつつ、呼吸に集中することを意識する精神統一の練習。本来忙しないはずの朝にただただ座り続ける行為には贅沢を感じている。

 

5:40 

毎朝10分と決めて取り組む作務は、時間が来れば目立つ汚れが残っていても途中で切り上げる。たとえ集中が続いていても最後までやり切らない。
完璧主義者の私にとって、その割り切る考え方は最初のうちは難しかった。然し、毎日続けているうちに修正されてきている実感がある。

 

5:50 マッサージガンと懸垂。首肩と顔面をマッサージする。体をほぐしてからでないと懸垂の負荷に耐え切れず、急性頸椎捻挫症を発症する可能性があるためマッサージは必須。懸垂は最初3回しか上がらなかったのに、現在は8回上がるようになった。この年になって体の成長を実感できることはポジティブだった。

 

6:00 フリータイム。朝の振り返りを行ったり、背中にハリを感じればマッサージ器でほぐしたりする。その他、香水を室内に散布して嗅覚からリラックスしたり、モーツァルトを聞いて聴覚からリラックスしたりもする。フリータイムといっても生産的なことは行わず、実際はリラックスタイムと言ってもよいほどリラックスに充てられている。

 

6:30 ジムに着くとまずはシャワーを浴びる私はシャワー会員である。シャワーを浴びるためにジムへ行くことにすればハードルはかなり下がる。然し、いざシャワーを浴てみると、ついでに筋トレもやっていこうという気になる。それは実は意図した仕組みであり、思惑通りなのである。

スタジオに移動後、筋トレの前には立って行うストレッチを行う。仮に筋トレをして怪我を負った時、後悔しないように準備運動は怠らない。

マシントレは胸肩、背中、足、体幹の4分割となっている。ゴリゴリマッチョになるつもりは今のところ無いので、毎日通っても嫌にならない程度の軽くも重すぎもしない重量で行う。運動をして気持ち良さよりも辛さが勝れば続かないので、結果よりも過程に価値を見出している。

また、人間の集中力は15分が限界なので、筋トレもダラダラやらない。サッと筋トレを済ませたらランニングマシーンで5分走る。これは脂肪を燃焼するために行っているわけではない。肉のだぶつき、体のむくみ、筋肉のハリがある部位を感知するために行っている。

 

最後はマット上でのストレッチ。筋肉を伸ばすのは単純に気持ちが良い。10分間かけて行う。

 

7:40 車の中で朝食。1人で食事を摂るときは感謝の呪文を唱える。

 

7:50 ジムから出勤。本域で歌いながら目指す。歌は前向きになる曲を選んでいる。ポジティブな言葉を実際に声に出すことは精神に良い。そして声を張り上げることは日常生活では滅多にない。感情をあらわに、わめき散らすことはストレス解消にもなっている。

 

8:10 職場の駐車場で和尚の書いた本を読み、善い行いを一つインプットする。それをその日の仕事でアウトプットする。

 

8:15 般若心経を声を出して読む。般若心経は心が穏やかになる教えがまとめられたものであり、その日一日を穏やかに過ごす決意表明として読んでいる。

 

 

無駄な力を抜くためにハンドグリップを握り、頭皮をほぐしてから出勤。

 

これが34歳11カ月でたどり着いた到達点。いくつか宗教めいた怪しい習慣が散見されるが、私は修行僧でも宗教家でもない。ただ、穏やかな毎日を送るために禅の思想を生活に取り入れているだけである。そして、現時点ではそれに一定の効果を実感できている。だから続ける。